私は、長岡研究室の小山と申します。
突然だけど、ひとつわからないことがある。
茶道でお茶とお菓子が出されたら、
どちらから先にいただいたらいいのだろうか?
お茶?お菓子?それとも同時に!?
それは、人それぞれかもしれないが、確実に言えることがひとつある。それは…
「両方食べるとそれぞれのおいしさが引き立つ」
ということ。
なぜそんな話をゼミのブログに書くのか?
大事なことだからに決まっている。
すこし昔の話をしよう。
あれは、3日前の出来ごと…。
11月24日。赤羽橋駅から、桜田通りを歩いて、
少しわき道にそれると、その通りに「芝の家」とよばれる家がある。
すぐ隣は、オフィス街なのに真逆な空間がこんなにも近くにあると、
非現実的というよりむしろ違和感すら覚えるような不思議な空間だった。
なんでもそこは「昭和の地域力再発見事業」の活動拠点らしい。
拠点といっても中の様子はまる見えで、お茶屋のようだ。
さりげなく覗いているとひとりのおばあちゃんが挨拶してくれた。
なんだ、もっともっと広いホールかと思ったら、普通の二階建てで、
10人来たら結構狭いかもしれない。意外と小さいんだな。
「初めて来たんですけど…」と言うとスタッフのお兄さんは芝の家について教えてくれた。
「いつでも自由に来ていいんだよ、今日はお茶会だから良かったら参加してよ。」
と、あったかいお茶を出しながら親切に話してくれた。
スタッフの方々は時間に追われている様子もなく、
それぞれ思いついたことをしているように感じた。
これが昔ながら暮らし方の基本スタンスなのかもしれない。
しばらくはスタッフの方々と談笑!
するといきなりスーツ姿の男性が現れた。
どうやら会社のお昼休みに立ち寄ったらしい。
「こんな木造住宅に何しに来たんだろう?」なんて思っていたが、
彼の登場によってあることに気がついた。
この静と動の融合した芝地域がコミュニティ作りに適していると。
ビジネスマン抜きで作ったコミュニティが地域の役立つはずがない!
よくあるコミュニティは「誰でもお越しください」と言いつつ学生とお年寄りが集まって、
ただの仲間づくりに終わることも珍しくない。
まぁ、それでもいいんだけど。
ビジネスマンが来ると経済の話など、社会とのつながりが一気に増し、活動の幅が広がる。
…と思っていたが彼も他の私と同じようにお茶を飲んで談笑しているだけ。
活動と言えることは何もしていない。社会や経済の話は出てこない。
それでも全年齢のどんな人でも気軽に立ち寄れるから、
その談笑ですら、自分の視野を広げる力に溢れている。
スーツの男性は10分くらいで帰っていた。
家の中では、スタッフや他のお客さんと一緒にご飯を食べたり部屋の飾り付けを手伝ったりした。
そんなことをしているうちに、お茶会の時間になった。
おばあちゃんが茶道について豆知識を語りながらその場でお茶をたててくれたので、
少し物知りになった気分だ。
「お茶の席に着くときは腕時計をはずすのがマナーよ。茶碗を傷つけたら大変だからね。」
おばあちゃんは、本当にいろんなことを知っていた。
「すみませんっ。僕、時計つけてます…」
心の中で謝った。
お茶会の話になったので最初の問いに戻ろう。
お茶とお菓子どちらを先にいただこうか?
お茶の作法はさておき、
両方食べてみないと、その良さは分からないということだ。
私たちは常に様々な場に身を置いている。
そのありがたさや、新しい価値はいろんな場に身を置かないと分からない。
例えば、まったりした雰囲気のサークルに慣れて退屈だと感じていた人間が、
体育会の部活に入ったら、辛過ぎてサークルに戻るかも知れないし、
逆に部活にのめりこむかもしれない。
それは、個人の価値観によって異なるが、それぞれの本当の良さは、
いろんな場の空気を肌で感じなければ、理解できないだろう。
だから、「あの時は楽しかったな」とか「今はすごく幸せだ」なんて感じることができるし、
見えなかった価値に気がつくことができる。
それがきっと場の役割の一つなのだと気付いた。
コメント